セカンドポスト

雑記(フットボール/エンジニア/旅行/語学)

ウィーン在住LASKファン アウェイ遠征記 vs SC Imst

Servus!

最近アウェイ遠征記書いてないなと思ったけど最後に行ったアウェイがモスタルアウェイ、そして日本代表のヴォルフスブルクアウェイだったので約1ヶ月ぶり。

 

今回はÖFB Cup 2回戦 SC Sparkasse Imst とのゲーム。

Imstはスキーで有名なTirolの街 Innsbruck から電車で1時間弱の街。今回の旅程はInnsbruck を起点に1泊2日、観光もする予定。

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Innsbruckへ

WestbahnはInnsbruckまでの直通が出てるのでそれでお昼頃に着く予定だった。ただ次週に控えるToulouseのチケットがこの日に発売と前日に発表され、しかもLinzでしか買えないという仕様なのでウィーン在住の友人達の分も含めて買いにLinzで途中下車。暇人アルバイターファンとしてしっかり活躍していく。

Linzでついでに朝食を取り、13時頃にInnsbruckに到着。お昼ご飯と市内中心部の観光を済ませ、ホステルに荷物を置きに行く。

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Imstへ

Innsbruck Hbfへ戻り、Imstへまた列車旅。

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最寄駅からはバスを乗り継ぎ30分ほど。ちなみにバス停からの徒歩が約15分。バス停からスタジアムまではカフェ1件くらいしか見当たらなかった。

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試合

スタメンは半分ほど入れ替え。過労死しそうだったパナマ代表Andrade、キャプテンZuljを休ませられたのは本当に良かった。この2人がいないと実際話にならない。7月の試合で相手にギフトパスして懲罰的に干されてた選手が久々にベンチ入りした。にも関わらずレジェンド Petzi Michorlはいまだにセカンドチーム送り。

スタジアムは山に囲われていて、さらに屋根がないので本当に良いマウンテンビュー。選手もそれに見惚れたのか、前半は山を目掛けたホームランシュートのパレードであった。3部相手になかなか試合を支配できないのは辛い。ただオフサイドでの取り消しだけで5点はゴールネットを揺らしているのでゴール前の組み立ては良くなってるのかもしれない。結果は3-0で勝ち。

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帰りはウルトラスの友人にInnsbruckまで送ってもらった。本当にありがたい。

 

Innsbruck 観光続き

前日に行けなかった川沿いと山に行きたいなーとBergiselとInnに。インスブルックオリンピックといえばここ、って言うイメージがある。スキーできないけど。雪がないのにスキージャンプってやれるんだった初めて知った。f:id:shogayaki_mainichi:20230930185433j:image
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Kitzbuhelへ

Innsbruckでやることも無くなったので帰りながら他の街も行きたいなと思ったのでKitzbuhelという街へ。スキーやハイキング、クロスカントリーなどで有名なウィンターリゾート地のようでたくさんのホテルがあった。街自体は30分ほどで周れるし特別見応えのある場所はないけど、街自体が綺麗で歩いているだけでも楽しい。

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さいごに

木曜にウィーン帰って、次はWorfsbergとのアウェイゲームが土曜日に(この道中に書いてる)。そして次の木曜日はELアウェイゲーム。9日間で3アウェイ、しかも近場なしというなかなかキツイスケジュール。全部行ってる自分も割と疲れてるけどチームはもっと疲れてるだろう。ヨーロッパは移動が楽だからUEFAコンペティションも簡単にできると言うけれど実際なかなか大変。

そりゃ1ヶ月に九州2往復とかアウェイ8連戦に比べたら楽だけどさ。でもアウェイ好きにはそう言う過酷さも楽しみのエッセンス

 

ウィーンに来て6ヶ月が経った。

現状記録。5ヶ月が過ぎた時に更新するはずが、他にやることがあったり、ないのにダラダラしたり。もう書いてる日はあと1週間で6ヶ月目が終わる。9月はただ遊んで働いてみたいな無駄な1ヶ月になりそうである。

 

  1. LASKの試合にできる限りいくこと
  2. ヨーロッパを周遊すること
  3. フルタイムのポジションを獲得すること
  4. ドイツ語のレベルをB2まであげること
  5. エンジニアとしての領域を広げること
  6. フットサルやる→サッカー含め

 

1.2はもう毎月振り返る必要ないくらい楽しんでる。UELのアウェイでボスニアヘルツェゴビナクロアチアにも行けた。9月はインスブルック、10月にはトゥールーズブリュッセルへのアウェイも待っている。トランジットでの観光もする予定だ。

3.については目標を変える必要があるかもしれない。個人的な事情でワーホリ後は日本に帰る必要が出て来た。もし仮にフルタイムで雇ってもらっても残ることができないかもしれない。なのでフリーランスでIT職をパートでやるか、インターンで短期間で働くか、いまから日本での就職先を探して、リモートで開始できる職を探すか、いろいろ考えなきゃいけない。

4.のドイツ語はやらなきゃ、と言いつつもなかなかやれてない。なかなか話す機会がないし、みんな英語で話してくれるから難しい。ただやらないと忘れてしまうのでやらないと。

その代わりに英語をもう少しやろうかなと思い始めた。日本に帰った時に欧州に1年間いたと言うだけでは弱いし、何かしら専門性や強みを持って帰りたい。もちろん言語だけってもの弱いかと思うけど、日英独があればそれなりに幅は広がるのかなぁと。

5.は全然やれてない。C#は一通り概要はわかるレベルで独学はしたけどまだ実務では使えるほどじゃない。MCPは更新忘れてて1つ失効した。ギリギリで思い出してやったけど、なかなか実務で使ってないと忘れてしまう。今後のキャリアパス的に現場にもっと入るなら言語系をやった方がいいだろうし、マネジメント側に行くなら製品やマネジメントに軸足を置いて独学した方がいい気がしている。ただマネジメントを独学でどうする?ってのはある。PMPの勉強でもするか?

6.はいまは優先順位下げてる。とはいえ毎月ジム会費払ってるのにいけてないからルーティンを作って行かなきゃ。

 

さいごに

10月からはルームメートも変わって生活環境も変わる。本当に残り6ヶ月になった時を考えて無駄にしないようにしたい。

 

LASKファンから見たFC東京のゲーム

Servus!

 

先日オーストリアから一人のLASKファンの友人が東京出張のついでにFC東京の観戦に訪れてくれた。その感想を個人的に聞いてみたので紹介したい。

観戦したのは国立開催の8/26神戸戦とリーグ9/3福岡戦の2試合。どちらもチーム的には不甲斐ない試合だったのが恥ずかしい。特に福岡戦。

質問してみた内容は東京という街について、FC東京のスタジアムでの雰囲気、ピッチでのオーストリアとの違いなどを答えてもらった。ここで紹介する内容は一個人の感想なので全ヨーロッパの人の総意ととらえないでほしい。

質問に答えてくれた友人にこの場を借りてあらためて感謝したい。

Viele Danke sehr 💙❤️🤝🖤🤍

 

東京という街について

Q:東京で一番印象的だった場所はある?

A:東京という街そのものが印象的だった。出張だから山手線沿いしか見ることができなかった。おすすめはと言われればTeamLab Planetsだね。

Q:東京の街からFC東京を身近に感じることはできた?

A:ホテルが五反田だったから国立競技場までは近かった。だけど味の素スタジアムはかなり遠かったね。

 

FC東京Jリーグのファンについて

Q:国立競技場と味の素スタジアムについての感想は?(アクセス、大きさ、見やすさなど)

A:アクセス、規模感はともに良かった。国立競技場ではフードトラック(青赤横丁)がスタジアムの前にあってスタジアムに持ち込むことができるのがとてもよかった。味の素スタジアムには陸上トラックがあり、サッカー専用ではないにのは驚いた。ただLASKも長い間似たようなスタジアムを使っていたのでサッカー専用スタジアムを用意する難しさはわかるよ。

注:LASKは2023年2月に新スタジアムをオープンしたがそれまでは陸上競技場を使っている時期もあった。新スタジアムの直前は小型のサッカー専用スタジアムを利用していた。

あとは後半の途中に売店が閉まっていて残念だった、、、帰りにどうやってビールを買えば良いんだ?

注:LASKのスタジアムでは試合後も営業している。代わりに試合後はほとんどのスーパーが閉まっている。もしこの記事を読んでるLASKファンがもし日本でサッカーを見る時、試合後にビールが欲しければコンビニエンスストアかスーパーマーケットで買ってね。その方が安いよ。笑

 

Q:ファンの雰囲気はどうだった?

A:ファンのサポートからはエネルギーを感じたよ。総合的によかったと思う。

 

Q:オーストリアでは90分間歌い続けるのが普通だけど、日本は長い休憩があったりする。そこで違和感は感じた?

A:特に違和感は感じなかったよ。良いサポートだったと思う。試合の結果は良くなかったけど笑。沈黙があったのは展開が良くなかったからだと思った。全体的にサポートに間が開くことに違和感は感じなかったよ。

 

Q:自分はヨーロッパに来て90分間歌い続けたり旗を振るのが当たり前な文化だと感じている。だけど初めての機会では驚いた。いまでは普通だと思うけどね。日本ではそうではなくてフラッグで試合が見れないとクラブやSNSに不満を言う人が多いんだ。

A:LASKのサポートが組織化されたのはほんの数年のことなんだ。まだ組織化されてなかった時のことを覚えてるよ。2012年にライセンスが拒否されて下部リーグに落ちた時、ファンが協力してクラブを救ったんだけど、その頃は今のような組織化されたサポートはなかったんだ。

 

Q:花火や光線などのスタジアム演出はどうだった?

A:あまりスタジアム自体の演出は好きじゃない。やっぱりファンからのサポートによる演出が好き。ただ日本では発煙筒や花火をファンが使うことができないからまぁ仕方ないのかなと思った。

あとは日本人はとても丁寧だった。発煙筒は禁止されてるから本当に使わない。(ヨーロッパでも基本的には禁止されている)とても良いバナーもスタジアムにあった。前方にあるバナーはよく見えなかったが後方にあるバナー逹はとても良いと思った。

 

Q:フットボール自体のクオリティ、スタイルの違いはどう感じた?

A:とてもスピードが速いと思った。この暑さの中走るのは自分には無理だよ。

 

その他

Q:Zipferビールとキリンビールはどちらが好み?

A:やっぱりZipferだね。ただ日本のビールではサッポロビールが気に入ったよ。

 

Q:オーストリアにもスタジアムに行かずSNSで文句ばかり言う人はいる?

A:キーボード戦士は世界中にいるよ(笑)

 

最後に

話を聞いて1番思ったのはスタジアムの演出やりファンから発信される演出の方が好まれてると感じた。これは彼以外の他のオーストリア人に聞いても同じような話をすることが多い。クラブは誰のためのものなのか。違和感を感じるならば声を上げていくことが大事だと思う。

ただここLASKでも今のような組織化されたサポート、クラブとの協力は非常に難しいテーマである。今後もできる限りこのような発信を続けたいと思う。

オーストリアでレンタカーで事故った話(保険請求)

8月の中旬、ウィーンからメルク、アッターゼー、ザルツブルグハルシュタットなどを2泊3日で回るドライブをした。そのちょうど最終日、軽く車を擦ってしまった。その後の対応などを記録のため残しておく。

 

レンタカーについて

レンタカーはZippy7というレンタカー会社で借りていた。ただ直接予約したわけではなく、VIP Carという代理店経由で予約していた。特別意識して予約したわけではないが、確かスカイスキャナーで最安を見て予約したと思う。

事故の内容

ハルシュタットからアッターゼーに向かう最中、ハルシュタットの峠でガードレールに擦ってしまった。傷はおよそ70cmほど、深くはないが薄い線が長く伸びてしまった。峠とはいえ注意していればそこまで難しいコースではないものの、ほぼ初めての左ハンドル右車線、そこまで2日間運転してきて慣れも出てきたタイミングでの事故だった。猛省。

 

事故後の対応

事故直後

すぐ近くに広場があったので車を止めてZippy7の緊急連絡先に電話。事故の状態を知らせる。単純な傷なのであればWhatsAppで写真を送ってくれとのことなので写真を送る。

余談だけど、日本だとこういったやり取りをLINEでやるお店や企業が増えてるけど、欧州ではWhatsAppがそういう役割を担ってるんすね、知らなかった。

返却時

レンタカー返却時に念のためデスクに出向く。来いって言われてなかったけど念のため言ったら事故報告書を書くように言われた。行ってよかった。事故の内容、道路の状況などを図で書いて、住所など記載の上署名して終わり。道路図を書いていて、大学時代、通学時にバイクで車にはねられた時のことを思い出した。

 

この時保険を確認したが、レンタカー会社側では無料の保険しかついてないから最大900€の支払いになるといわれる。追加で支払うというよりはレンタル時にデポジットとして払っている900€から支払われてそれより超えることはないということらしい。

代理店への連絡

予約時に念のためフルカバーの保険に入っていたのでそれは何の保険だ?と調べると代理店側で用意している保険だった。整理すると

対レンタカー会社→無料の保険のみ

対代理店→フルカバーの保険

となっていて、事故の請求はレンタカー会社の査定と請求が終わり次第、代理店側に請求する必要があった。

VIP Carでは請求フォームが用意されていて、そこにレンタカー自体の契約書や事故の査定、免許証、保険金の支払先などをアップロードする必要がある。

代理店とのやり取り

申請後、2営業日ほどで代理店とレンタカー会社での確認を行うとの連絡が入った。その間特にこちらから行うことは何もなかった。ドキュメントに不備があれば連絡が来るのだと思う。

結果

申請から約1か月後、振り込みに失敗しているから正しい口座情報を教えてくれとの連絡が来た。正しい情報を送ると数時間後に900€全額で振り込まれた。

半ば諦めていたし、保険金支払いの上限は今回の事故パターンだと400ポンド(約450€)と記載があったので半分返ってきたらラッキーくらいに思っていたのでめっちゃうれしい。。

 

今回は運よく返ってきたが今後運転するときは十分気を付けないと。あとはちゃんと他の会社も比べてないから一概には言えないけど、レンタカー会社で直接予約するより、代理店通した方が保険は安かったと思う。次借りるときは保険の請求や限度額、対象をしっかり比べて予約するようにしたい。

ウィーン在住LASKファン アウェイ遠征記 HŠK Zrinjski Mostar モスタル(ボスニアヘルツェゴビナ)

Servus!

 

UELレイオフ 2ndLegのため、ボスニアヘルツェゴビナへ。今回はクロアチアスプリトから陸路で入国した後のモスタルでの旅行記

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モスタルでは2泊3日過ごした。

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この日のクレイジーさは動画を見てもらえるとさらにわかると思う。

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市内散策

約5時間のバス旅ののち、夜9時頃モスタルへ到着。歩いて20分ほどでアパートへ着き、少し市内を散策した。とりあえず一番の観光スポットであるオールドブリッジ(スタリ・モスト)へ。
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旧市街はVelez Mostarという別のモスタルのクラブのエリアらしく、たくさんのグラフィティを見ることができた。
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ブラガイへ

モスタルからローカルバスで20分ほどで行けるブラガイへ。ここはイスラム教の聖地とされていてところどころにアラビア語があった。昼前頃になると観光客でごった返すらしいので早朝に訪れた。
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モスタルの街について

モスタルムスリムであるボスニャク人エリアとクロアチア人エリアに分かれている。

ブラガイはボスニャクエリアになる。

先述したVelezはボスニャクエリアのクラブでZrijnskiはクロアチアエリアになる。Zrinjskiはエンブレムにクロアチアチェックが含まれている。リンツでのホームゲームでも多くの”クロアチア人”がアウェイセクターに来ていたし、モドリッチのユニフォームもたくさん着ていた。もはや彼らはボスニアのクラブではなく、半ばクロアチアのクラブとして活動しているようである。

おおざっぱに分けるとオールドブリッジのかかるネトレヴァ川を境に東側がボスニャク、西側がクロアチアとなる。そのため、対戦相手が決まった時から泊まる場合はできるだけ東側に宿泊し、市内ではLASKファンとわかるものは身につけないようにファングループから呼びかけられていた。宿泊せずに試合後そのまま国境を越えてクロアチア方面に帰る人も多かった。

モスタルでの食事

チェバッピプツィ

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スヂュキツィ

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ブレク

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どれも安く10€もあればお腹膨れてしまうぐらいお腹いっぱいになる。

 

試合前

他のLASKファンとランチしている間に試合前のミーティングポイントの変更の情報が回ってきた。もともとはオールドブリッジ周辺の広めのカフェがミーティングポイントだったが、少し離れた教会に変更された。

理由は警察からの警備上の理由である。Zrinjskiのウルトラスから襲撃される可能性が非常に高くなっていたらしく、それを避けるため警察が警備しやすい場所に変更されたようである。

それ以前にファン企画のリンツモスタル行きバスはスロベニアクロアチアの国境から警察の先導を受け、ボスニアとの国境では警備体制を強化するためか3時間、国境で足止めを食らったらしい。そこからまた警察に警備されながらモスタルへたどり着いたとのことである。

ミーティングポイントからは4台のバスが用意され、そこからスタジアムへ直行した。スタジアムまでの道はおよそ10台のパトカーが前後を警備し、経路上はすべて交通規制が行われ、ノンストップでスタジアムへたどり着いた。

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ちなみに上記のミーティングポイントの設定、地元警察との交渉、バスの確保などはLandstrelsserというファングループが行っていてクラブは関与していない。クラブからの注意事項は”ボスニアにはまだ地雷があるので注意してください”との記載だけである。少なくともオーストリア内ではRapidはクラブも協力し、危険があるアウェイではできるだけオーガナイズするように努められているらしい。LASKは全くそういったことに協力的ではないとのこと。

思えばACLや対日感情が過激化しているときの中国アウェイはクラブやJFAがオーガナイズしてホテルからスタジアムまでの警備の確保などをしていた記憶がある。

 

試合

スタジアムはメインスタンドのみ、アウェイセクターは最上段の一番端っこに金網で囲まれて確保されていた。味スタの2階席のような眺めで個人的には見やすく、とてもよかった。試合はミスからPKで失点したものの、Jovicのスーパーミドルシュートで何とか追いつき、合計結果で勝ち抜け。内容は良くはないが、結果が戻ってきているので何とか立て直していきたい。

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この試合のもう一つのトピックはユニフォームである。

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数日前からLASKはこの試合でスポンサーカラーユニフォームを着用するといわれており、この日もサポートボイコットが行われた。Zrinjskiは白ベースに赤の襷模様のため、黒のユニフォームでプレーすることが可能であるにも関わらず。

 

 

個人的にはアウェイではライバルの色でなければいいのでは?なんて思っていたが、LASKは伝統的に3rdのカラーが赤となっているらしく、SturmやAltachなど黒ベースの対戦相手で着用することになっている。

そもそもBWTがLASKを支援するときに”クラブカラーにはタッチしない”と約束したとのことである。にもかかわらず3rdキットのカラーを変えたということで、頻繁に”君たちの約束には意味がない”と書かれたバナーが出されているのだとやっと理解した。

某青赤クラブもエンブレム変更などに関して”クラブカラーの青赤は変えない”と言ってはいるものの”エンブレムのカラーは変えないよ、○○の色は変えるけどね”みたいなことをしれっとやってきそうで他人事ではなく思えてきた。

後日グループステージの抽選が行われ、目玉はリバプールとのゲームになる。リバプールは赤であるからピンクを着る機会は普通に考えるとないと思うだろう。だが、以前のELでは白のスパーズ相手にホームでピンクユニフォームを着用しているのである。当時はコロナ渦で無観客であったが、今回は通常モードでさらに注目度は増している。このビッグマッチのために、スポンサーカラーユニフォームを着用する可能性は非常に高いと考えられている。自分のもそう思う。頼むからやめてほしい。

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試合後

試合後も警察に先導されながら教会に戻る。教会の敷地から出るときになるべく早く宿に帰るように言われた。でもちょっとビールが飲みたいってことで小さい野外クラブのような場所でビールを一杯だけ飲んだ。最中、3~5グループほどが町中にLASKファンがいないか探し回っていた。さすがにこれは怖かった。自分らはなるべく英語で会話してオーストリアから来たことを悟られないようにした。あとはグループに日本人の自分がいることで観光客感を増すことができたので、気が付かれなかったと思う。それでも宿に戻るときにはおそらく尾行されていたと思う。

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次の日の朝

朝食に行くために友人たちと合流。朝食後、バスでドブロブニクへ向かった。ドブロブニク編へ続く。

最後に

この遠征の最中、いろんな話をLASKファンから聞くが、本当に他人事と思えない内容がたくさんあった。財政面で外からお金を調達するのは大事だし理解することが必要だけど、伝統やポリシーをないがしろにされる可能性があるのならば何かしら声を上げることはやっぱり必要だと思った。ダイナミックプライシングという名のぼったくりシステムでスタジアムへ足を運ぶ人を少なくしたり、”フットボール<エンターテインメント”に舵を切っていることに違和感を覚えないのはちょっと心配である。

LASKは少なくともUELレイオフ出場クラブで最も高価なチケット価格のクラブである。子供を連れて毎試合スタジアムに来るのは難しい価格設定だ。

FC東京は”強く、愛されるチーム”を目指すことをやめてしまったのだろうか。

ウィーン在住LASKファン アウェイ遠征記 クロアチア スプリト

Servus!

 

UEFA Europa League Playoff 2leg に向けてクロアチアボスニア遠征をしてきた。
旅程は空路でウィーンからスプリトクロアチア)へ。その日の夕方にモスタルボスニア)にバス移動。モスタルで二泊し、ドブロブニクまでバス移動ののち一泊、夜の便でウィーンに帰る旅程。

 

今回のブログはスプリト滞在の様子

youtu.be

 

ウィーン空港

金欠限界サッカーファンなので今回はLCCスプリトまで。早朝6:30頃発のWizz Air。地下鉄の始発はないのでナイトバス(1時間に1~2本走ってるウィーンの公共交通)で近郊列車の始発電車に追いつくように移動する。ナイトバスのバス停までも電車はないのでレンタサイクルで移動。起床時間は朝3時、前日の22時過ぎまで働いていたので疲労困憊である。

ウィーン空港ではとりあえずラウンジへ。ウィーン空港のプライオリティパスが使えるラウンジはマジで快適で欧州では一番お気に入り。

搭乗ゲートで待っていると、オーストリア人に話しかけられたと思ったらLASKファン。自分の旅程を他のファンから聞いていたらしく声をかけてくれた。こうしてアウェイ道中でも気にかけてくれて本当に心強い。スプリトでは少し一緒に行動した。

 

スプリト観光

ゲームオブスローンズのモデルになったらしく、多くの観光客でにぎわっていた。ただ自分たちが到着したのは早朝だったので早朝の散策はかなり快適だった。涼しい天気予報にあったので長袖で来たがめっちゃ暑かった。
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街を見渡すことができるベルタワーの頂上に上った途端、雷雨が。2時間余り降り続け、なかなか観光ができなかった。
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クロアチアに来たら食べようと思っていたシーフード。オーストリアには海がないのでなかなか新鮮なシーフードは手に入りづらいし高価だ。

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モスタル

ランチ後少し散策してからバスでモスタルへ向かう。バス内は大体15名程度。半分くらいがモスタルへ行く人、残りがサラエヴォまで行く人だった。

道中アドリア海沿いを走るので眠気と戦いながら凝視した。寝たらもったいないかなと思って。日本では東名高速東海道走ってると海沿いを走ることに特別感はなくなってくるがこちらに来て海なし国にいるとなんか特別感を感じる。

クロアチア出国、ボスニア入国の陸路国境を越えてボスニアへ。

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ボスニア編へ続く

 

Aus wiedersehen!

ウィーン在住LASKファン Linzer Derby

Servus!!

なかなか時間がなく更新が滞ってしまった。
8月12日 オーストリアブンデスリーガで26年ぶりに Linzer Derby が行われた。

26年前はLASK vs FC Linz いまの FC Blau Weiss Linz(BW Linz)の前身と呼ぶ人の多いクラブとの対戦だったらしい。Wikipediaの情報によると、最後のダービー後FC Linzは政治的または財政的な理由でLASKに吸収されたようである。

FCリンツ-ウィキペディア (wikipedia.org)

BW Linzは今季初めてブンデスリーガに昇格してきたクラブ。昇格と同時に新スタジアムをオープンした。LINZ AGというリンツ市では大きな企業のバックアップを受けているようである。

自分はLASK側から見たダービーしかわからないがこの一戦を前に現地で紹介された記事などを日本に向けて紹介したい。

 

INITIATIVE SCHWARZ-Weiss

Initiative Schwarz-Weiß - „Der SKV ist lange tot“– und andere Unsinnigkeiten (initiative-sw.at)

以前スポンサーカラーユニフォームで紹介したサイトである。”STVはもう死んだ”というタイトルと共に、商業化が加速するフットボールシーンへの懸念が投稿されている。
意訳しながら要約すると、
・SKV(FC Linz の旧名称)は政治的、商業的な理由でLASKとの合併を強引に進められた。
・表向きは合併だが、SKVのカラーなどは考慮されず、事実上の解散と同義であった。
・合併が表に出たときLASKとSKVのファンは伝統を重んじるべきだという連帯を示す行進を行った。
・後継クラブとして誕生したBW Linz を認めず、馬鹿にするファンが多いがそれは誤ったライバル関係の認識ではないか。
・多くの人々のBW Linzへの反応は商業化されたフットボールに対する正しい反応だろうか。
レッドブルが参入した後のSV オーストリアザルツブルクを後継クラブとして認めないフットボールファンはいないだろう。
・LASKが逆の立場になっていた可能性もある。
・本当の敵は逆サイドのウルトラスではない。

商業化の波を食ってクラブを奪われた人に対してそれは正しい反応なのか?という問題提起のような記事。現にLASKはBWTというメインスポンサーによってクラブカラーがいたるところで損なわれている。ホームゲームでピンクのユニフォームを着用するなど。伝統を重んじるフットボールファンであれば共闘するべきだ、という内容である。

 

ダービーウィーク

ダービーを前にいくつかの写真がアップされたので紹介する。

ドナウ川の岸にリンツには黒白だけと描かれたアート

 

BW Linz を揶揄して用いられるスマーフにいたずらして陸橋からつるし上げられる写真

 

1981年 ダービーにてLASKファンがSKVのフラッグを燃やす様子

https://www.oepb.at/wp-content/uploads/2022/05/Bild-5_Aus-SK-VOeEST-Linz_LASK_2_0_21-11-1981_Sammlung-oepb.at_.jpeg

 

試合前

試合を前に両クラブ共に市内中心部からスタジアムまでの更新が計画された。LASKは中央広場、BWは少し離れたOK Platzと呼ばれる広場に集合した。その距離僅か500mほどである。リンツはそこまで大きい街ではないため集まれる広場が多くはないからであろう。あとはスタジアムの立地も中心部から中央駅方面に向かうため逆方向からの更新は難しい。

行進の告知投稿

行進開始の2時間半前に集合して周りにあるパブなどでみんなと飲みながら開始を待った。自分はウィーン在住のファンたちと中央駅で待ち合わせて広場に向かった。14時頃にはすでに大勢のファンが集まっていて広場は黒一色だった。(LASKのファンは黒を着て、BWは白を着る)途中のトラムでBWが集まっているのも見えたがその時点ではあまり多くないように見えた。

行進開始の時刻になると広場ので口に大量の人だかりができていた。のちの報道や記事では2000人から3000人のファンが行進に参加したらしい。ちなみにリンツの人口は20万人ほどでスタジアムの収容人数は1.9万人である。

その様子は以下

 

 

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スタジアムまでは約30分。途中の小道の前には警察が待機していてより一層ヨーロッパフットボールを体感した。

 

試合前にはコレオグラフィー

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Foto by Landstrassler - LASK - Blauweiss 2:0 (1:0)

このコレオグラフィーはすべて手作業で作成されている。1ヶ月ほど前からウルトラスでシフトを組んで毎日作業していたらしい。ビッグリスペクトである。本当に素晴らしい。
このコレオの意味は115年前からLASKがリンツを支配している。という意味。正面左の人物は115年前のオーストリア伝統の紳士像を描き、右側には我々LASKファンの姿が描かれている。バックには今も変わらないリンツの街並みとドナウ川である。

 

試合

試合内容はリソースで上回るLASKが何とか2-0で勝利。どちらもピッチ上のクオリティはあまり高くなかった。この試合を前に中村敬斗は移籍、後釜に取った選手の中で唯一調子のよかったKoneもなぜか不在。UEL Playoffが非常に心配である。

でもダービーは結果がすべて

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さいごに

先月に東京ダービーがあり、ダービーとは?といろいろ考えさせられることは多かったがこちらのダービーは少し様子が違った。いうなれば横浜FM横浜FCのダービーに歴史的背景は似ているのかもしれない。ダービー勝利後もそこまで爆発的に喜んでいる様子はなかった。その理由の一つには前述した商業化に対するアンチテーゼもあるかもしれないが、一つ言えるのは26年という歳月がたったということだろう。
東京ダービーも12年ぶりで経験したことのない人が大多数であり、その中で世の中も変わった。こちらはさらに古く、四半世紀ぶり、さらに当時とは名前や組織が変わったクラブとのダービーである。厳密には2部時代やカップ戦で6年ほど前にも対戦している。ただその間にLASKを取り巻く環境は大幅に変化しており、一概に同じ状況とは言えないだろう。欧州への進出や大きなスポンサー、新しいスタジアム、多くの選手のトップクラブへの排出など。
東京ダービーも12年前、当時スタジアムにいた人より新しい人のほうが増えているに違いない。過去のダービーで若者だった選手がインテルマルセイユを経てベテランとして帰還するほど歳月は経った。古くからのファンに話を聞くと、新しくファンになった人が多く、ダービーが何なのかわかっていない人がたくさんいると言っていた。どの国でもこういったことは起きる。

 

試合前後で大きな問題もなく、安全に終わったダービー、組織した彼らにリスペクトを送りたい。
そしてリンツ、オーバーエースタライヒ州でNo.1はLASKである。

Die Nummer 1 in Linz sind wir!